預り金とExcelのニアミス事故──東京の弁護士が二重帳簿の請求管理で会計監査をクリアするまで
InvoiceFlow 編集部 · 2026年6月1日 · 読了目安15分
東京・千代田区。霞が関や東京地裁にほど近いこのエリアに、高橋誠さん(49歳)の法律事務所がある。弁護士歴22年。所属する弁護士は高橋さんを含めて3名、事務職員が2名の、中小規模の事務所だ。取り扱う案件の中心は、不動産取引をめぐる紛争と、相続案件。どちらも、扱う金額が大きいのが特徴である。
金額が大きいということは、それだけ「お金の管理」に重い責任が伴うということだ。そして高橋さんの事務所は、ある日、その責任の重さを身をもって思い知ることになった。
弁護士が扱う「2種類のお金」
法律事務所が扱うお金には、性質の全く異なる2種類がある。これを混同することは、弁護士にとって致命的なミスとなる。
- 事務所の収入:着手金、報酬金、相談料、顧問料など。これは事務所が自由に使えるお金だ。
- 預り金:クライアントから一時的に預かるお金。相続案件での遺産分割金、不動産取引の決済資金、和解金、損害賠償金など。これはクライアントのお金であり、事務所の財産ではない。一円たりとも事務所の運転資金と混ぜてはならない。
日本弁護士連合会(日弁連)は「預り金等の取扱いに関する規程」を定めており、弁護士は預り金を自己の金銭と明確に区別して管理する義務を負う。預り金専用の口座で管理し、いつ・誰から・いくら預かり、いつ・誰に・いくら返したかを、正確に記録しなければならない。この管理を怠ると、懲戒処分の対象にもなりうる。
Excel管理で起きかけた「ニアミス事故」
高橋さんの事務所では長年、預り金の管理をExcelで行っていた。預り金台帳、報酬の請求記録、入出金記録──複数のExcelファイルを、事務職員が手入力で管理していた。
このやり方が、ある日、肝を冷やす事態を招いた。
相続案件で、あるクライアントから遺産分割に伴う預り金2,800万円を預かっていた。同じ時期に、別の不動産案件で発生した事務所の報酬請求があった。事務職員が複数のExcelを並行して処理する中で、預り金の口座と事務所の口座を取り違えて出金処理をしかけたのだ。
「幸い、出金実行の直前に私が気づいて止めました。でも、もし気づかなければ、クライアントの預り金を事務所の支払いに流用してしまうところだった。たとえ後で補填したとしても、これは弁護士として絶対に許されないミスです。背筋が凍りました」
原因は明白だった。預り金と事務所収入が、同じExcelの世界で、視覚的にも構造的にも十分に分離されていなかったのだ。人間が複数のファイルを行き来する以上、いつかは取り違えが起きる。高橋さんは「これは仕組みの問題だ」と痛感した。
日弁連の会計監査というプレッシャー
追い打ちをかけたのが、所属する弁護士会による会計監査だった。弁護士会は、預り金が適正に管理されているかをチェックする。記録の不備や、預り金と事務所財産の区別が曖昧な場合、厳しい指摘を受ける。
「Excelの台帳は、正直、監査に耐えうる透明性があるとは言えませんでした。手入力なので転記ミスのリスクがあるし、誰がいつ何を入力したかの追跡も難しい。監査のたびに、職員総出で記録を整え直していました」
高橋さんに必要だったのは、預り金と事務所収入を構造的に完全分離し、それぞれの記録を正確かつ追跡可能な形で残せる仕組みだった。
複数事業プロフィールによる「二重帳簿」の発想
高橋さんが導入したのが、請求書アプリ「InvoiceFlow」だった。鍵となったのは複数事業プロフィール機能だ。
本来は、ひとつのアプリで複数の屋号・事業を分けて管理するための機能だが、高橋さんはこれを応用し、「事務所収入」用と「預り金」用の2つのプロフィールを完全に分離して運用することにした。いわば、合法的で透明な「二重帳簿」だ。
| プロフィール | 扱うお金 | 性質 |
|---|---|---|
| 事務所収入プロフィール | 着手金・報酬金・相談料・顧問料 | 事務所の財産。請求書を発行して回収。 |
| 預り金管理プロフィール | 遺産分割金・決済資金・和解金など | クライアントの財産。受領・返還を厳格に記録。 |
「2つのプロフィールが画面上でも完全に分かれているので、職員が処理を取り違えることが構造的になくなりました。預り金プロフィールには、事務所の支払いが一切入り込まない。Excelの時のような『同じ世界で隣り合っている』状態が解消されたんです」
預り金の受領・返還を記録として残す
預り金プロフィールでは、いつ・どのクライアントから・いくら預かり、いつ・誰に・いくら返還したかを、取引記録として正確に残す。受領時・返還時には電子署名でクライアントの確認を取り、PDFの記録を双方で保管する。「『確かにこの金額をお預かりし、確かにこの金額をお返ししました』という証跡が、明確に残る。これが監査で絶大な信頼を生みました」
事務所収入は請求書で正確に
事務所収入プロフィールでは、着手金や報酬金を正式な請求書として発行。案件ごとの売上が明確に記録される。カスタムテンプレートエディタで、法律事務所にふさわしいフォーマルな請求書テンプレートを作成した。
弁護士報酬の源泉徴収にも対応
弁護士報酬は、依頼者が法人などの場合、源泉徴収の対象となる。報酬から所得税が天引きされて支払われるため、事務所側はいくら源泉徴収されたかを正確に把握する必要がある。高橋さんは、事務所収入プロフィールの請求書に源泉徴収額を明記し、確定申告での精算をスムーズにした。
「報酬請求の段階で源泉税額が記録されるので、年度末の集計が一瞬です。以前は支払調書とExcelを突き合わせていたのが嘘のようです」
結果:会計監査を堂々とクリア
新しい仕組みを導入して迎えた弁護士会の会計監査。高橋さんの事務所は、何の指摘も受けることなく、堂々とこれをクリアした。
- 預り金と事務所収入の分離:構造的に完全分離。取り違えのリスクが仕組みのレベルで排除された。
- 預り金の記録:受領・返還を電子署名付きで証跡化。監査での透明性が飛躍的に向上。
- ニアミス事故:再発の余地なし。2つのプロフィールが交わらないため、Excel時代のような取り違えが起きない。
- 源泉徴収の精算:迅速かつ正確に。確定申告の負担も軽減。
「監査でクリーンな評価を得られたことは、弁護士としての信用そのものに関わります。クライアントは、私たちに人生の大きな決断と、大きなお金を託してくださる。そのお金を一円の狂いもなく管理することは、私たちの最も基本的な義務です。Excelのニアミスは、その義務を仕組みで支えることの大切さを教えてくれました」
バックアップで記録を確実に保全
預り金の記録は、何年にもわたって保管が求められる。万一データを失えば、それ自体が重大な管理上の問題になる。高橋さんはInvoiceFlowのバックアップ/復元機能で、預り金・事務所収入双方の記録を定期的に保全している。「記録の保全は、預り金管理の生命線です」
定期請求で顧問料を自動化
事務所には、毎月一定額の顧問料を受け取る顧問先が複数ある。高橋さんはこれらに定期請求機能を使い、毎月の顧問料請求を自動化。「請求漏れがなくなり、顧問先との関係もスマートになりました」
士業の「お金の責任」を仕組みで支える
最後に、高橋さんは同じ士業の仲間へこう語った。
「弁護士に限らず、税理士、司法書士、行政書士──クライアントのお金を預かる士業は多い。その責任は重く、ひとつのミスが信用を一瞬で失わせます。『気をつける』という個人の注意力だけに頼るのは、もう限界です。預り金と自己資金を構造的に分離する仕組みを持つこと。それが、クライアントを守り、自分自身を守ることにつながります。私はExcelのニアミスで、そのことを痛いほど学びました」
千代田区の法律事務所で、高橋誠さんは今、クライアントのお金と事務所のお金を、明確に分かたれた2つの世界で管理している。あの背筋が凍る瞬間は、もう二度と訪れない。